化粧


ここは主に擬人化を取り扱っているブログです。必ず『はじめに。』にお目通しくださいませ。

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    お仕事を始めましょう。
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      三が日も明けた仕事始め。
      あと数時間もすれば、正月休みを終えた秘書がやってくるだろう。
      正月の過ごし方についてはぽつぽつ世間話として話していた気がするが、どこでどう過ごすのかといった話まではしていない。
      精々めでたい休みをめでたく過ごしていればいいと思う。
      年末も正月も関係ない年中無休の自分がそう思ってみても、あまりしっくりはこないものだが。

      曇らないよう眼鏡を額へ押し上げ、湯気の立つカップに口をつける。
      独特の苦味と、温かさを通り越した熱さが口内に広がる。コーヒーにしろ何にしろ、適切な温度と
      いうものがあるのは知っているが、わざわざそんな七面倒臭いことをしてまで美味しいコーヒーとやらを飲みたいとは思わない。
      豆自体は高級と呼ばれているものなのだから、どれだけ適当に淹れようとそれなりの味にはなっているだろう。
      秘書に言わせると、良い物なのだからより良い方法で淹れてこそ、らしいが。

      舌を焼く熱さを喉の奥へと押しやり、ふっと息をつく。吐き出した息は白くはならない。
      外は冬らしい寒さを保っている上、ここは地下だ。加えて暖房器具の類もない。それでも年がら年中素肌にコート一枚でいられる適温に保たれる室内。

      ひとつ例を挙げるなら、椿の屋敷も同じ原理だろう。
      ひとり、正確に言えば今はひとりではないが、それでも二人と一匹で住むには広すぎる屋敷。
      その屋敷は、手入れをしなくとも保たれる。
      掃除をしなくとも埃は溜まらないし、窓がくすむこともなければ、建物自体が朽ちていくこともない。いっそ芸術だともいえる庭は、池の水はいつでも透き通ったまま、季節になれば折々の花や々が咲き乱れ、雑草が生い茂ったりもしない。
      実際には今、椿が簡単な掃除や手入れをしているらしいのだが。
      それでも、先代椿が世を捨て屋敷を去り、当代の椿が戻ってくるまでの十数年、誰も立ち入ることのなかったその屋敷は変わらずそこにあった。何ひとつ変わらず、美しいままで。

      少し距離があるとはいえ、その屋敷から直結しているこの地下屋敷にも、そういった都合のいい付属がなされているのだろう。
      本当に、おあつらえ向きなことだ。

      その屋敷をわざわざあつらえた連中のことも記憶を紐解けば見つかるのだろうが、あまり気持ちのいい思い出ではなさそうだったため、記憶の箱の奥深くへと仕舞い込んでおいた。ついでに鍵でもかけておこうか。

      まだ冷めないコーヒーが揺れるカップをソーサーに戻し、軽くこめかみを押さえる。
      屋敷や諸々をこしらえた時代のことは本当に嫌な出来事しかなかったようで、つられるように頭が痛んだ。その時代の自分はよほど苦々しい思いをしていたに違いない。
      しっかりとその記憶に鍵をして、成仏しろよとかつての自分を慰めた。

      花としての特性なのかどうなのか、ムスカリは代々の記憶が消えることはない。
      忘れないというよりは、文字通り消えない。
      歴代のひとりひとりはきちんと個人を確立している。先代の人格を引きずることはない。

      けれど、残っている。
      記憶自体を、ひとつの箱として。

      ひとりのムスカリとしての記憶がひとつの箱として、頭の中に残っている。
      だから先ほどのように、思い出そうとその箱を開ければ、必然的にその時代の他の出来事まで思い出してしまう。
      辞書のようで便利だと思われるかもしれないが、案外使い勝手が悪いのだ。開けていない箱のほうが多いのだし。数十代前くらいまでなら暇なときに遡ったこともあるが、大体は必要なものを必要なときに引っ張り出してくる程度だ。

      そうでもしなければ、さすがに頭が持たない。
      記憶量のこともあるが、問題はその質だ。
      平穏に過ごした時代の記憶はまだいい。ごく最近のことを言えば、先代のムスカリが非常に和やかな生涯を送っていた。

      問題は、穏やかに過ごさなかった頃の記憶である。
      過ごせなかったのではなく、過ごさなかった頃の。

      比較的事務的というか達観しているような性質の多いムスカリという花の中でも、極々一部、変態や狂人といったものに区分される存在がたしかにいたのだ。
      ここでいう変態や狂人とは一般に区分されるものではなく、あくまで自分達、歴代のムスカリ自身がそう結論付けたものを差す。
      達観というか諦観というかが根底にあることの多いかつての自分たちがそう思うのだから、どれほどのものだったかは推し測ってほしい。
      まだ幼かった頃に好奇心でうっかりその箱を開けて、危うく廃人になりかけたのは思い出したくもない失態だ。

      おかげでこの二十年弱、厳重に鍵のかかった箱には触れていない。
      脳内に存在するそのいくつかの箱は、まぎれもないパンドラの箱だ。希望が入っているかもわからない。
      先人の教えには従うべきなのである。

      めんどくせーなともう一度こめかみを揉んで、零れてきた髪を耳にかけた。
      残ったコーヒーを啜りながら、適当な書類に目を通す。いつのころからかこういった裏方の面倒な仕事を請け負うようになったが、本来ならば自分の仕事ではなかった。元々はすべて椿の仕事だ。もちろん手伝う程度のことはしていたが、天秤が徐々にこちらに傾いていき、今ではこの様だ。

      なぜそうなったのかといえば、要は甘やかしたのだ。
      かつての自分が、当時の椿を。

      もちろん歴代の中には厳しい人格を持つ者もいたが、そんな人物は稀だ。
      ある者は押し通され、ある者は苦言を呈すこと自体を面倒がり黙認し、ある者は率先して仕事を片付けた。
      甘やかしたというより流されたと言ったほうが正しいかもしれないが、その積み重ねがこの書類の山である。

      俺が言えた事じゃねーんだろうがな、と机どころか床にまで山と積まれた書類に手を置いてひとりごちる。
      甘やかしたというなら、自分も甘やかしたのだから。


      『あとのことは、頼む』


      すべてを放り出したあいつを止めなかった。
      すべてを押し付けたあいつを責めなかった。

      残ったコーヒーを一気に流し込み、自業自得だと自分を嘲る。
      結局当代の椿もたいした役には立っていない。あいつがしていることと言えば、どうしても必要な

      書類の確認と署名だけだ。
      先代の反動なのかどうなのか、非常に感情豊かな当代の椿は、風流を愛する色ボケと化している。
      口を開けば背の君背の君と。もう少し仕事しろと言いたい。
      それでもそれを口にしない理由はわかっていて、やはりこれも甘やかしているというのだろうかと、改めてどうしようもない現状を鑑みた。
      空になったカップをソーサーごと横へどけて、とすんと椅子に背を預ける。


      「あー……」


      面倒くさい。
      けれどどれだけ面倒がろうと、書類の山が崩れることはない。
      自業自得かと改めて自分に言い聞かせて、くるりと指の上でペンを回した。

      もうじき、長身の秘書がやってくるだろう。
      クリスマス、年末、正月と続いた休み明け。どんな顔でやってくるのか、少し楽しみだ。
      本当はもう少し休みをやってもよかったのだが、早めにお休みをいただくのだから仕事始めくらい普通に来ます、と若干の苦笑交じりに返された。
      その苦笑が何に向けられていたのかはわからなかったが、あの秘書のそういった生真面目なところは嫌いではない。最近は色々とわかってきたらしく、声をかけてきたりコーヒーの出てくるタイミングが絶妙なものになりつつある。よく見ているというか、甲斐甲斐しいというか。

      くるくるとペンを回す手はそのままに、お年玉でも用意しておけばよかったかと膝を抱える。冬のボーナスは支給済みだが、なんだかんだで世話になっている秘書にはそのくらいしてもいいと思う。何より、あの歌声は何にも変えがたい。

      顔を見せたら、ミュージカルでもオペラでも好きかどうか尋ねてみることにする。一日の休暇と一枚のチケットくらいならば受け取ってくれるだろう。
      あるいはペアチケットのほうがいいだろうかと、時折嬉しそうに彼女の口からこぼれる名を思い出し、出勤時の様子を見て考えてみようと結論付けた。

      イベントの続いた休み明け。
      その表情は、きっと何より雄弁だろう。

      じきに青い髪を揺らしながらやってくるだろう彼女を思い浮かべて、たまには曲をリクエストさせてもらってもいいかもしれないと、わずかに頬を緩ませた。







      ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




      何か書くのが久しぶりすぎて、本当にこれでいいのかわからない。

      おそらく初めてじゃないかと思うムスカリの話。
      こいつを書くと色々と裏話が出てくるのでちょっと楽しいです。

      ぽつぽつと出てくる先代たちの話。機会があったらちゃんと書いてみたい。
      ちなみにムスカリが廃人になりかけた記憶というのは、とことん数字を愛していた時代の記憶。情

      報量が半端なさすぎて、頭がぱーんしかけますた。
      便利屋感のあるムスカリの中でも、当代のムスカリは比較的スタンダードなタイプのムスカリ。

      色々と書き足りないことがあるので、こいつではまた書くかもしれない。

      小話小ネタ諸々 | 20:40 | comments(0) | trackbacks(0) | posted by あめよ - -
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